So-net無料ブログ作成
検索選択
なんちゃって博物誌 ブログトップ
前の10件 | -

天満宮祭礼 [なんちゃって博物誌]

8,9日は、地元のお祭りでした。




FullSizeRender441_R.jpg





今回、ひとに紹介することがあって、実は改めて調べてみました。
小さなころから普通に「祭り」としてなじんできましたが、本当はどんないわれがあるかなど、知らないことだらけでした。





FullSizeRender443_R.jpg




湊八朔祭りは、正式名称を天満宮祭礼というそうです。
かつては関東三大祭りの一つに数えられていたようですが、今は違います;;;


湊公園の下の天満宮から山車がスタートします。
ここは祭神が菅原道真公。



FullSizeRender447_R.jpg






神輿は2日目の朝に海に入れられ、そのなかでもまれます。
朝早いけれど、すごい数の見物人です。



FullSizeRender448_R.jpg




FullSizeRender442_R.jpg






海辺だし漁師町だし、海の神様をまつっているとばかり勝手に思い込んでいたら、実は道真公だったと今年初めて知りました!(大告白)



この土、日は海浜公園でロックフェスが開かれていて、後日テレビで見ましたが、ものすごい人!こちらは、日本三大ロックフェスの一つとして定着してきたようですね。

風にのって、ロックフェスの音もとぎれとぎれ聴こえてきます。




mydreamtodayさんも、見に行かれましたか?
cfelamamaさん、akiponさん、こちらのお祭りにはよく来られますか?




IMG_5602_R.JPG





で、このお祭りですが700年位前からあったようですが、江戸時代、水戸黄門が今の形に定めたとか。
那珂湊は水戸藩のお抱え漁港であるずっと以前から、上国である常陸の国の漁港なのですよ。




獅子や弥勒が無形文化財に指定されていたり、保存会の磯節がきけたりします。
2台の山車がすれ違うところとか、



FullSizeRender445_R.jpg






緩やかな坂を速いテンポの太鼓の音と威勢のいい掛け声とともに駆け上がる場面は、小さなころから見慣れているとはいえ、すごい迫力です。



だんだん小規模になってきてはいると思いますが、坂を駆け上がるところは、人が多ければ多いほど迫力があって参加したくなっちゃいますよ。



FullSizeRender446_R.jpg





今年は牛久保町が年番を務めました。
ご苦労様でした~!




トランジ像 [なんちゃって博物誌]

transi2_R.jpg



以前、メメント・モリの時にお話ししましたが、中世ヨーロッパは飢饉や洪水などの天災やペストなどの疫病に悩まされました。


メメント・モリ→ こちら。


メメント・モリが今という瞬間を大切に、なるべく悔いのないように過ごしなさいという考えならば、この像はそのあとのことを表す像といえるでしょう。



tran2.jpg



ペストが大流行して、カトリックがローマとアヴィニョンに分裂したころに流行ったそうです。

トランジとは、ラテン語のtranireが語源です。


trans-=横切る
-ire=行く


を意味します。もとは死者そのものを表したそうですが、トランジ像は死後の肉体が朽ち果ててゆく様を表現した彫像、ということになるでしょうか。

transi3_R.jpg



わざとおぞましく作られていて、カトリックの高僧たちが自らの墓碑として始め、裕福な貴族たちも真似をするようになったようです。

普通なら、自分のもっともよい姿を残したいと思いますよね。
でも、美しく高貴なご婦人たちも朽ちてゆく自らの像をわざわざ残しました。


その意図はこうです。
生きている間は身分の違い、貧富の差、何歳で死ぬか、どのように死ぬのかは人それぞれ違います。
でも、誰であれいつかは死ぬのです。

tran1.jpg



そして放っておけば、どんな美しい人も高貴な人も、有機物ゆえに醜く変わり果てるのです。
高僧たちは自らの朽ち果てる姿を彫像に残すことで、どんな身分のものでも結局はこうなるという自らへの謙遜と、「だからね、ほら、祈ってくださいね」という死者の祈りへの要求なのだそうです。

transi1_R.jpg


蛆やヘビ、ヒキガエルなど、さまざまな醜い虫たちが這いまわる、はらわたむき出しの彫像なんて悪趣味と言えば悪趣味ですが、そんな万人が顔をそむけたくなる姿が、実は真実だ・・・ということを突き付けられると、ぐうの音も出なくなります。


パリで見かけたらまたレポートしますね。



Poisson d'avril [なんちゃって博物誌]

davril2.png



エイプリルフールの起源は、はっきりとはわからないそうです。


ローマではこの日に主人と奴隷の立場を交換して、主人の席に道化を座らせた、という遊びがあったようですが・・・


フランスでは「四月の魚」。


1564年当時、4月1日が新年であったのを、国王シャルル9世は1月1日に法律で変えたそうです。
これに反発した市民が4月1日、バカ騒ぎを起こし、怒った国王が彼らを処刑してしまったのですって。


それで、追悼の意味とか国王への反発によって、4月1日をバカ騒ぎの日と決めたとか。


davril_R.jpg


この日はチョコレートやムースで作った魚を贈りあいます。
なんで魚なのか?は諸説あって定かではないそうです。



魚(サバ)がよくとれるようになる季節だから


うお座が太陽を離れ、冬の終わりを告げる季節だから


カトリックの節制期間で、肉でなく魚を食べるから




などなど。


「腐った魚のようにののしる」という表現があり、腐った魚→ばか→エイプリルフールと関連付ける人もいるようです。



こどもたちは紙の魚を人の背中にそっと貼り付けるという遊びをするようです。
貼り付けられて気づかずに街の中を歩生きまわっても・・・・気にすることなかれ!
エイプリル・フールですから。



今年のBBCはどんな壮大なウソをつくのでしょうね。たのしみです。


Brighid     2月1日 [なんちゃって博物誌]

johnduncanBrighit_R.jpg




ケルト神話においての神の中の神、すべての父で知恵と魔法の神であるダグザ。
彼は3人の妻がいてそれぞれに一人づつ、3人の女神を娘として持っていました。


それぞれの妻は、


ブレグ(偽り)
メング(狡猾さ)
メイベル(醜さ)。



娘たちはブリギッドと呼ばれます。豊穣に関するすべての女神。
ブリードと呼ばれることもあり、
鍛工(たんこう)、手工芸、
治療と助産、
占い・予言、文芸
をそれぞれつかさどります。


女神によく見られるトリアッド(三態一組)の形を取ります。

三女神の様態はヨーロッパだけではなく、宗像三女神のように、日本の神話にも見られますね。


19人の巫女たちが、ブリギッドの神殿で聖火を守っているそうです。




各地の土着の、同じ要素を持つ女神と融合して一つのイメージが出来上がったようですが、ブリギッドが現代にも根強く生き残っているのには、ある理由があります。


キリスト教の伝来によって、アイルランドの三聖人のひとりに挙げられる聖ブリギッドと結びついたのです。


聖ブリギッドは朝日とともに生まれた、とされます。これは豊穣と関係の深い女神の火をつかさどる性質を受け継いだためと言われます。

アイルランドで初めて修道院をたてた人物とされますが、人々に色々なおまじないを教えたともいわれているので、いささか聖人というステレオタイプからはちょっと外れた感じがします。

毎年2月1日は聖ブリギッドの祭りが開かれますが、土着の女神ブリギッドの祭りも同じ日なのです。

八坂神社に祀られている蘇民将来が、土着の日本の神スサノオノミコトと結びついたようなものなのでしょうか。

完全に洗脳されてしまうわけではなく、土着の文化が色濃く残り続けている、こういうところに文化の面白さがあると思っています。






Puss in Boots [なんちゃって博物誌]

images (11).jfif

(=^・^=)
皆さんは小さなころに、『長靴をはいたネコ』というお話しを読んだことがありますか?

幼稚園から小学校低学年のころ、母が寝る前に読んでくれた中に、そのお話があったことを覚えています。
ずいぶん賢いネコなのだけれど、ちょっと残酷でずるがしこいところもあるんだなぁと思ったものです。


ヨーロッパのあちこちに、似たようなお話はあるみたいです。
でもたぶん、ケルトに伝わるケットシーという、ネコの精霊(妖怪?)が原型のようです。


ケットシーは黒いネコの精霊で、ネコにしてはちょっと大きめのサイズ、胸に白い模様がある「ネコの王」なのだそうです。人間の言葉を話すことができて、恩を受ければ必ずそれに報い、仇を受ければ必ず仕返しするそうです。

puss2.jpg


アイルランドやスコットランドには、ケットシーのお話しが残っているらしいです。



その正体を知るには、耳をちょっと傷つけてみる(!)とか。
ものすごい勢いで罵詈雑言を吐いたら、ケットシー(笑)ひどい。




さて、『長靴をはいたネコ』ですが・・・

イタリアにもフランスにも似たようなお話はありますが、長靴を履いていないことも、ネコではなくてキツネということもあるそうです。


大体共通しているのは、

① 粉屋と3人の息子
②末息子が父(あるいは母)の遺産としてネコをもらう
③ネコの機転によって、末息子が王様(あるいは領主)の娘と結婚して逆タマに乗る


こんな感じでしょうか。


PussInBoots.jpeg.jpg



このころには猫は嫌われものでしたが、粉屋とかパン屋ではネズミを捕るのに重宝されていました。
だから財産として考えられたのでしょうか?

でも、ネコもらっても生活していけないよなぁ・・・と考えるのは当然と言えば当然(笑)
それなのに、末息子は焦らないのです。

もしそこで末息子が「ネコなんかもらってもしょうがないよ!」なんて言ったいたら、まずかったかもしれませんね。

puss1.jpg


でも言わなかったので、ネコはこのご主人のために尽くすのです。
ウサギを捕まえてきて王様(領主)に取り入って、お城(お邸)に出入りして、自分の主人は広い領地を持つ領主だとうそぶきます。

時に道端の村人を脅して、その土地は自分の主人のものだと言わせます。
そしてネコの計画通りに事が運び、末息子は逆タマに乗るという・・・・

末息子は兄弟の中でももともと一番のイケメンだったから、ネコが用意した高価な衣装を身につけたら品よく見えたので、王様(領主)の一人娘が一目ぼれするという、資質もちょっとかかわってきますが。

puss4.jpg



そして粉屋の末息子は幸せに暮らしましたとさ、ともうひとつ、逆タマに乗った末息子がネコに恩を感じずにないがしろにしたので、ネコが怒って悪態をついて呪いをかけていなくなったというパターンもあるようです(笑)このあたりはケットシー色が濃いのでしょうか。

ブーツをはく意味は諸説あるようです。

puss5.jpg



でも私が思ったのは・・・
そんな能力があったならば、粉屋にいた時点からみなさんをどうにかしてあげられたのではないの~?ということですが(笑)

そこは突っ込んではいけないのでしょうか。
それとも、全員を裕福にするのはネコの意に反することなのでしょうか・・・
絵本では白ネコに描かれることも多いみたいですが、幸運のシンボルとしてだからなのでしょうか。
トラちゃんもかわいいけれど。

puss3.jpg


hanamuraさんがおっしゃっていた絵本のにゃんこはプフですね。
プフもプスも、なんかかわいい名前ですね。





長靴をはいた猫

長靴をはいた猫

  • 作者: シャルル・ペロー
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 1973/01
  • メディア: 単行本





長ぐつをはいたねこ (世界傑作絵本シリーズ・スイスの絵本)

長ぐつをはいたねこ (世界傑作絵本シリーズ・スイスの絵本)

  • 作者: シャルル ペロー
  • 出版社/メーカー: 福音館書店
  • 発売日: 1980/05/20
  • メディア: 大型本





ガルドンのながぐつをはいたねこ

ガルドンのながぐつをはいたねこ

  • 作者: ポール・ガルドン
  • 出版社/メーカー: ほるぷ出版
  • 発売日: 1978/07/10
  • メディア: 大型本






澁澤龍彦翻訳全集〈13〉 エロティシズム,長靴をはいた猫

澁澤龍彦翻訳全集〈13〉 エロティシズム,長靴をはいた猫

  • 作者: 澁澤 龍彦
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 1997/12
  • メディア: 単行本



ねこと異端と豊穣と [なんちゃって博物誌]

medicat7.jpg


紙が発明され、活版印刷機の発明によって本が出回る以前、本=The Bookといえば羊皮紙に手書きで書かれた本=聖書を意味していました。


羊皮紙なので高価。だから教会は大聖堂のような大きなところにしか聖書も置いていなかった・・・ということで、カトリック教会が免罪符などでお金を徴収していても、みんな疑問を持たなかったわけです。


困ったことと言えば、羊皮紙なのでネズミにかじられてしまう被害が多発するということです。
だからこそ、ネコが修道院で飼われるようになったと言われます。

medicat6.jpg



15世紀には新しく興ったプロテスタントをローマ・カトリック教会が異端とみなし、教会の敵は魔女、魔女はネコを使い魔とする・・・ということで、ネコの迫害が始まりました。


ところがところが、プロテスタント側も魔女狩りを始めたのです。
だから中世において誰でも魔女にされて殺されてしまうという恐ろしい事態が起きました。

プロテスタントはネコの頭頂部を修道僧のように剃り、修道士のコスプレをさせて絞首台につるしたそうです。
動物に罪はないのに、ネコもいい迷惑です。

一方でカトリックもネコは魔女の使い魔、悪魔=バフォメットが姿を変えた形(魔女もネコに姿を変えることがあるそうで)として忌み嫌うようになりました。

medicat9.jpg


前にお話ししたように、悪魔は異教徒マホメットをもじったもので、彼がネコ好きということからそんなことになってしまったのかもしれない、という説があるようです。


端麗王が全財産を巻き上げようとテンプル騎士団に言いがかりをつけた時も、ネコに化けた悪魔バフォメットが、騎士団の集会に現れたという証言をでっち上げたのですって。


とくに黒猫ちゃんは魔女の使い魔とされ、嫌われるようになりました。
ケルトの文化では「ケット・シー」というネコの妖怪(精霊ともいいます)がいて、大きな黒猫で、ネコの王様なのだそうです。人間が親切にすれば幸運をもたらし、彼をひどく扱えば人間に災いをもたらすそうです。

そういうところからも、黒猫をあやしのものとみなしたのかもしれないですね。

medicat8_R.JPG



宗教的背景のみでなく、豊穣のシンボルとしてもネコはひどい目に遭いました。

猫はネズミを捕ることから、宗教的には忌み嫌われても、パン屋や粉屋はネコを重宝しました。
船乗りがネコを大切にすることと、理由は同じですね。


ネコは豊穣のシンボル。
ケルト文化では豊穣の女神とともに描かれています。
そこで、「コーン・キャット」という穀物の精霊が生まれました。

ネコの精霊なのですが、豊穣をもたらせてくれるのだそうです。

「ネコを捕まえる」とは、穀物の収穫を意味したそうです。
小麦の穂を「ネコ」と呼んだとか。


で、大事にするのかと思いきや、穀物の収穫時に猫をキレイに着飾らせて、なんと、
殺して豊作を祈願するのですって・・・・

medicat5.jpg



南欧では一番かわいらしいにゃんこを着飾らせて、春のお祭りで燃やすとか、
あるいはヨーロッパ各地において、高い塔の上から投げ殺す、火あぶりにするなど、
かわいそうな儀式がたくさん見られたようです。

今でも塔の上から猫を投げるという儀式はあるものの、本物はかわいそうなのでぬいぐるみか人形を投げるという儀式がどこかに残っているみたいですね。

豊穣を願い人を燃やすウィッカーマン(ハロウィーンの原型)からか? 春を迎えるお祭りなどで、人形やハリボテを燃やすというお祭りも見られますね。

宗教の対立に巻き込まれ、豊穣のシンボルとして生贄にされたせいで、ヨーロッパにおけるにゃんこの数は激減し、そのせいで中世ヨーロッパではネズミの大量発生によるペストが大流行してしまったようです。



まったく、災難でしたね。


魔女狩りもペストも下火になってくると、再びペットとしてもてはやされるようになったようです。
各国の王様や要人たちにも、愛猫家がたくさん現れました。


19世紀になるとファッション・アイコンのヴィクトリア女王がロシアン・ブルーとペルシア猫をペットにしたことからにゃんこブーム(?)が起き、初のキャットショウが開かれたらしいです。そして品種改良が熱心に勧められ、いろいろな種類のにゃんこたちが現れた。。。ということのようですね。


やれやれ。


魔女狩り→ コチラ


サバト→ コチラ


魔女→ コチラ




Walküre [なんちゃって博物誌]

Walküre7.jpg



北欧の神話では、世界はユグドラシルという「世界樹」に支えられて存在すると考えられています。

最上界は神々の世界が三つ。
二番目の界には人間の世界、ミズガルズと、巨人の氷の世界と邪悪な黒小人の世界。
三番目には冥界、霜の国、炎の国。

三界にそれぞれ三つの世界・・・意味深ですね。

Walküre1.JPG


北欧神話では、神々も不死身ではないのです。
なんと神々の戦いの末に世界が終わりをつげ、そこから人間が生まれるのです。

そして戦士であること、戦士として勇敢な死を遂げることが重要視されていたようです。
今回はその時に重要な役目を果たすヴァルキューレについてです。

人間は死ぬと天上界にあがるかもしくは冥界へと落ちるのです。
戦場で勇敢に戦って死を遂げた戦士の魂は、ヴァルキューレたちによって選別されて、選ばれたものだけが天上界へと導かれます。

Walküre4.jpg


初めヴァルキューレは戦場で宴を繰り広げる悪霊でした。黒い羽根を持つと言われることから、カラスを意味する言葉で呼ばれることもあるようです。

しかしのちに時代が下ると、白い翼を持つ美女として浸透したようです。
複数存在するヴァルキューレたちは、勇敢に戦死した戦士たちの魂を救い上げて、天上のアースガルズへと連れていきます。

Walküre2.jpg


ここには、アース族の最高神であるオーディーンの宮殿、ヴァルハラがあり、選ばれた戦死者たちはここに迎えられるか、あるいは美の女神フレイヤの宮殿に迎え入れられます。

ヴァルキューレはヴァルハラでは戦士たちを歓待する役目を仰せつかった、オーディーンの館の侍女たちでもあります。

戦士たちは朝から晩まで戦いの訓練に精を出し、オーディーンの敵対する巨人族との最終戦争に備えます。そして戦いの訓練以外では、ヴァルキューレたちとたわむれて、美酒に酔うことを許されています。


あら?


そうです。


天上界に行けるのは、勇敢に戦死した者たちのみ。
それ以外の人たちはすべて死の女神ヘルの冥界、ニヴルヘイムへと送られます。
勇敢に戦死したもの以外はすべて、ここに行くのです。
で、女子もここなのね。o(´^`)o


・・・それで、話を戻しますね。


Walküre5.jpg


ヴァルキューレは美しい乙女とされるようになり、その姿は羽飾りのついたヘルメットをかぶり、輝く鎧に身を包み、天馬にまたがって戦場を駆け巡るとされました。


一番有名なヴァルキューレはオーディーンの娘の一人、ブリュンヒルデ。
死ぬ運命のものを助けたために、オーディーンによって天上界を追放されます。

この名前が使われた創作が、ワーグナーのオペラ。
そう、あれは神話から名前を使った創作ストーリーなのですって。

ヴェルキューレたちは機織りもしますが、なんと人間の死体を「織る」そうです。
出来上がった死体の織物は、次の戦の勝敗を決めるのだとか。


Walküre6.jpg


美の女神フレイヤは、ヴァルキューレたちを総べる存在であると言われます。
美と死。

奥が深いですね。


ちなみに、戦場を駆けるヴァルキューレたちの輝ける鎧が、オーロラとなったのだとも言われるようです。




しろねこちゃん [なんちゃって博物誌]

黒猫ちゃんはフェニキア人が作り出したようですが、では
白猫ちゃんは?

cat8.jpg


これは残念ながら私のリサーチ不足なのかよくわからないです☆


アルビノではないかぎり、白い毛の遺伝子はほかの色の毛の遺伝子よりも優性だそうです。


パパにゃんかママにゃんのどちらかが白の遺伝子を持っていれば、白い子が何匹か生まれるらしいです。



ところで、うちの近所には311あたりからネコや犬がいなくなりまして・・・
ノラちゃんたちを見かけないため、画像はフリー素材からお借りします。


たまに、しろねこちゃんで片方ずつ目の色が違うねこちゃんを見かけます。
オッドアイですね。


cat4_R.jpg


じつは、しろねこちゃんで青い目だと、遺伝子の関係上、聴覚障害がですそうです。
で、オッドアイのしろねこちゃんも、たとえば、緑と青、あるいは黄色と青の目では、
青い目の側の耳に聴覚障害が出るそうです。


青い目のしろねこちゃんがツンツンしていても、仕方がないの、音が聴こえないのです。


トルコでは、トルコ建国の父と呼ばれるムスタファ・ケマル・アルチュクが、死んだ後耳の聞こえない白猫に生まれ変わったと言われるそうです。

イスラム圏ではマホメットが愛猫家だったからか、ネコの社会的地位は高いのですね。


ヨーロッパでは白い生き物は幸運のシンボルなので、しろねこちゃんはたいがい縁起が良いとみなされているのに、イギリスではなぜか縁起が悪いとされています。

cat9.jpg


たぶん、なんですが、イギリスでは黒猫が船乗りの守り神にされたので、黒猫は縁起がいい、の逆で白猫は縁起が悪い、なのでしょうか?


猫と船の民間の言い伝えがたくさんあるイギリスで、船とは関係なく面白い言い伝えは、


「黒猫にキスすると太る。白猫にキスすると痩せる」 (笑)


根拠は何だったのでしょうね。おもしろいです。


子猫のうちは模様があるけれど、成長すると真っ白になることが。
そういう場合、頭のてっぺんにうっすらある模様を、「子猫の帽子」と呼ぶのだそうです。

cat1_R.jpg



ケルトの伝承に、白猫がダメダメ王子を助けて姫君とハッピーエンドにする話があります。


王を殺して姫君をさらった巨人をやっつけさせ、姫君を救わせるという話なのですが、
この王子が白猫のアドバイスをよく聞かなかったりほかの女性に惚れちゃったりとかで
結構ブレまくりなのです(笑)

猫も呆れてしまうほどのダメダメぶりですが、さいごはネコの思惑通り、ハッピーエンドです(笑)


ということで、


「白猫は愛の女神」ともいわれるそうです♡


くろねこちゃん [なんちゃって博物誌]

chatnoir1.jpg


シャノワール、シャノワール、漆黒のつややかな肢体に
ふたつの大きな黄金の瞳。

きっと似合うよ、赤いリボンをつけてあげよう~。



日本人の良く知る黒猫ちゃんと言えば、

①『魔女の宅急便』のくろねこ
②ヤマト急便のトレードマーク


こんな感じでしょうか?(笑)



この前は古代の愛猫大国・エジプトの神格化された猫たちについてお話ししましたが、
エジプトではネコを大切にするあまり、国外へは持ち出し禁止にしていました。

でも禁止にされても守る人ばかり這いません。
ましてや、カネになると思えば危険を犯してでも禁を破る人たちがいるものです。


古代地中海の東岸に拠点を置いた、海上交易民族のフェニキア人。
アラブ文字、ギリシア文字、ヘブライ文字、あるいはアルファベットの起源と言われるフェニキア文字を使っていた人々です。

chatnoir2.jpg


何せフェニキア王は海神ポセイドンの子と言われていますからね。
地中海を支配していた民族にふさわしい伝説です。

エジプトとも交易をしていた彼らが、実はネコを密輸して地中海世界へ広めたと言われているようです。
そして、黒猫は実は彼らが密輸したネコを交配させて作り出したのだそうですよ!

黒猫=フェニキア人


海上交易民族だからでしょうか、のちにくろねこちゃんは船乗りの守り神になります。
船乗りを悩ませるもの。それは食料を食い荒らすネズミ。
そのネズミを駆逐してくれるすばしこいネコは、よく船に乗せられました。

イギリスでは黒猫は船に乗せると船を助ける幸運のシンボルだとされました。
だから船乗りの妻たちは盗んでまで黒猫を求めたそうです。

キリスト教が多神教を嫌い、やがてそれを悪魔や魔女として異端とした時、とくに黒猫は悪魔が姿を変えたものとか、魔女の使い魔あるいは魔女が変身する姿だとされて忌み嫌う対象となり、魔女と疑いをかけられた人々とともに火あぶりにされたこともありましたが、船乗りにとっての幸運のシンボルであることに変わりはなかったようです。

もっとも、イスラムとの対立で、バフォメットという悪魔の名前はマホメットをもじったもので、マホメットが有名な愛猫家だったからネコが悪魔の使いとされたという説もあるようです。

chatnoir3.jpg



魔女と黒猫についてはまた別の機会にお話しします。


古代エジプトでもネコは太陽神ラーの船の舳先で悪魔をやっつける役目を果たしたため、ラーの守護神としてあがめられたようです。

ネコと船。

「ネコが騒ぐと航海中に悪いことが起きる」という迷信も、ネコが本能的に海が荒れることを察知して騒ぐと考えれば理にかなったことですね。

次回のにゃんこシリーズは、ヨーロッパ拡散における受難の歴史です。




Palau de la Música Catalanaとミシマと音楽と [なんちゃって博物誌]

palaudelamusicacatalana4_R.JPG


三島由紀夫によると、芸術は大体がサディスティックなんですって。
形あるものが自分の感性に訴えかけてきて、自分は受動的だから。

でも音楽はマゾヒスティックなんですって。
形がないから、それに包み込まれると不安を感じる・・・と。

ベートーベンを聴くとそわそわして、別のことを考えちゃうから、
彼は食事中のどうでもいいBGMとか、中南米の自然に体が動いてしまうような音楽しか
聴こうとしないのですって。


確かに、一理あるかも?
私は、センスがなくて楽器を扱えないけれど、音楽が好きですが。
クラシックでもロックでも民謡でも、心の琴線に触れれば何でもよいです。


たぶん、人間はまっさらの状態ならばどんな音楽も受け入れるでしょう。
疑いをもたず、嗜好も定まらない状態ならば。
(だから流行の歌ばかり聴いている人はこれだと思います)


でも長く生きて様々な経験を経るとやはり好みって偏ってくるのであって、
自分好みの音楽に耳を傾けるときや、心の琴線に触れる音に出会ったら、
やはりうれしくなります。

palaudelamusicacatalana2_R.jpg

ほかの芸術も音楽も、好きなものであれば、私には心地よいです。
芸術を形而上と形而下に分けて考えたことはなかったのですが、
そのどちらもが合致すると感性が(脳が?)刺激されて、なんかセロトニンがたくさん分泌されているように感じます(笑)

あ、でもね、聞きたくもない音楽を流しっぱなしにするような公共の場にいると苦痛を感じます。
夏のビーチでBGM? ないほうが断然よいですよ。好きじゃない音楽を流されると、拷問ですから。

ペニンシュラホテルのロビーでカルテットの演奏を聴きながらカクテルを啜るのはいいけれど、
歌詞入りの歌の有線放送を流すレストランはイヤだなぁ(笑)。歌詞が気になっちゃう。

palaudelamusicacatalana1_R.jpg


さて、本題。

この音楽堂、どうでしょうか。
なんという美しさ。


モデルニスモ様式というらしいです。つまり、モダニズム。で、つまりは
アール・ヌーヴォーのことですって。なるほど、そういわれると納得。


一目見て「アール・ヌーヴォー!」と思ったのに、モデルニスモと言われて「どこが違うの?」と
首をかしげたのですが、同じことだったんですね。

palaudelamusicacatalana5_R.jpg


1905年から1908年にカタルーニャ・ルネサンスにおいて、合唱団のために建設されたそうです。
1997年には世界遺産に指定されました。

圧倒的な美。
こういうセンスがあって、それをこうして具現化して人を感動させることができるなんて、本当に素晴らしい才能ですね。


これぞ形のない「音楽」の具現化にあたるかな? 





↓ こんなCMも。常盤貴子さんもうつくしい。




前の10件 | - なんちゃって博物誌 ブログトップ
a.HesiodListening to the Inspiration of the Muse.Edmond Aman-Jean.small.jpg

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。